大判例

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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)2975号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

被告

大和證券株式会社

右代表者代表取締役

江坂元穗

被告

乙山春男

右両名訴訟代理人弁護士

堀弘二

浦野正幸

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用はすべて原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告に対し、金一〇九四万二一九五円とこれに対する平成元年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文と同旨の判決。

2  請求認容の場合には仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告について

(1) 原告は、大正一三年生まれの男性で、本件当時はJRの関連会社の役員をしており、年収は約八〇〇万円であった。

(2) 原告は、昭和六〇年八月ころから、主に被告大和證券株式会社(以下、被告会社という。)との間で証券取引を行って、概ね一五〇〇万円程度の株式を保有していることが多かったところ、そのすべてが現物取引であって、信用取引の経験はなかった。

(二) 被告らについて

(1) 被告会社は、株式取引の仲介等を目的とする株式会社である。

(2) 被告乙山春男(以下、被告乙山という。)は、被告会社茨木支店の証券外務員で、昭和六三年七月ころからの原告担当者である。

2  本件ワラント取引と損害

(一) 被告らの勧誘

(1) 被告乙山は、昭和六三年九月ころから、何度も、原告の職場を訪ねるなどして、原告に対し、「ワラントは高利益を得る取引で、今ほどそのチャンスの時はありません。」「株で損をしていても、ワラントであればその損を取り戻せます。」などと言って、ワラント購入を強く勧めた。

(2) 原告は、何度も断ったが、しかし、日頃、被告乙山のアドバイスを入れて取引を行うことが多かったため、今回も、被告乙山の言うことを信じ、昭和六三年一〇月ころから、被告会社との間でワラント取引を行うようになった。

(二) 本件ワラントの購入と売却

(1) 原告は、①平成元年二月二三日、同月二日発行の住友化学工業株式会社の外貨建てワラント(以下、住友化学ワラントという。)一〇万ドル分を三四一万一四五〇円で購入し、さらに、②同年三月三一日、同日発行の株式会社大林組の外貨建てワラント(以下、大林ワラントという。)一五万ドル分を六五四万三九〇〇円で購入した。

(2) 原告は、平成三年九月三〇日ころになって、初めて、被告会社から本件ワラントの現況報告書を送られてきて、右の各ワラントの値段が約二〇〇分の一に下がっていることを知った。

(3) 原告は、やむなく、①平成四年二月二〇日に、大林ワラントを手取り一八九一円で、②同月二一日に、住友化学ワラントを手取り一二六四円で、各売却し、合計九九五万二一九五円の売却損を出した。

(三) 原告の損害

結局、原告は、右売却損のほか、本件訴訟遂行のため原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用として九九万円(右売却損の約一割)の合計一〇九四万二一九五円の損害を受けた。

3  被告らの不法行為

(一) 原告のワラントに対する知識等

(1) 原告は、ワラント取引の仕組みを知らず、投資した金額が簡単にゼロになってしまうような投機性の高い商品であることを知らなかっただけでなく、本件ワラントの単価(ポイント)も知らず、価格の動きが分かる方法も知らなかったから、相場の動向を予測する能力をまったく持っていなかった。

(2) 原告は、仕事の合間に株式取引をしていたにすぎない。原告にとって一〇〇〇万円はきわめて大きな金額であるし、原告がギャンブルとして本件ワラント取引をしたわけでもない。

(3) そして、被告乙山は、原告がワラントに対する知識がないことを知っていたし、原告にとって一〇〇〇万円という金額がどのような意味を持つものかということも知っていた。

(二) 被告乙山の不法行為

(1) 被告乙山の説明不足

ア ところで、本件ワラントを含めて外貨建てワラントは、その商品構造、取引形態が複雑であるうえ、危険性も高く、一般に周知されている程度の乏しい商品であることからして、証券会社がかかるワラント取引を勧誘するにあたっては、勧誘者に、一層、高度な説明義務が課される必要がある。

しかも、本件で、原告のワラント取引に対する知識は前記のとおりであるから、適合性の原則の面からみても、原告に対する説明は充分になされる必要があった。

イ しかし、被告乙山は、原告に対する勧誘を行うにあたり、ワラント取引の仕組み、価格の動きを知る方法、投機性の高いものであることなど、ワラントに関する説明をほとんどしなかっただけでなく、(公正慣習規則九号、一号違反)、ワラント取引が、被告会社と原告間の相対取引であることの説明もしなかった(証券取引法四六条違反)。

(2) 被告乙山の断定的判断等の提供

ア かえって、被告乙山は、原告を勧誘するにあたり、「ワラントは高利益を得る取引で今ほどそのチャンスはありません。」「株で損してもワラントであればその損を取り戻せます。」「ワラントは利益の高いものです。株よりずっといいですよ。」「喜んでいただけますから。」などと述べ、原告に対し、ワラント取引で確実に利益をあげられる旨の断定的な判断を提供している(証券取引法五〇条違反)。

イ のみならず、被告乙山は、原告にワラントの価格が行使期間が過ぎるとゼロになるとの知識がないことを知りつつ、原告に対し、「ワラントには償還の期限がある。」などと虚偽の事実を述べ、原告に、ワラント取引の投機性が低いものであるかのように誤信させた(同法五〇条一項六号、省令二条一号違反)。

(3) 被告乙山の詐欺行為

被告乙山は、このようにして、ワラント取引が投機性の高いものであることを隠し、原告に、ワラント取引が一般の株式取引と同様の危険性しか持たず、被告乙山の指導によって確実に利益が出るものであるように誤信させて、本件ワラント取引に引き込み、もって、原告に対し、前記の各損害を与えた。

これは、被告乙山の原告に対する詐欺であり、民法七〇九条の不法行為を構成するというべきである。

(三) 被告会社の不法行為

(1) 被告会社自身の不法行為

ア 被告会社は、ワラント取引の投機性が高いことを知りながら、外務員に、顧客への勧誘にあたってその危険性を周知させるように指導したことはなく、反対に、外務員に対し、ワラント取引が有利であることを説明し、積極的に売りさばくように指導していた。

イ 被告会社のこのような営業のあり方が、原告の今回の損害を生じさせたものであって、本件は会社ぐるみの不法行為というべきである。

(2) 被告会社の使用者責任

ア 仮に、右(1)の主張が認められないにしても、被告乙山の不法行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものである。

イ よって、被告会社は、民法七一五条の使用者責任にもとづいて、原告の前記損害を賠償すべきである。

4  被告会社の債務不履行(予備的請求原因)

(一) 売買契約上の説明義務

(1) 一般人にとって、ワラント取引の理解は難しく、仕組みについて周知されていなかったことは、被告会社も認めるところであろう。

そうであるからこそ、被告会社は、平成二年七月ころになって、原告に、「国内ワラント取引に関する確認書」と題する用紙を送付してよこし、平成元年一一月二日付けで、「ワラント取引についての説明書の内容を理解し、自身の判断と責任においてワラント取引を行うことを確認する。」趣旨で、署名してほしいと言ってきたことがあるのである(しかし、原告は、これまでワラント取引について詳しい説明を受けたことはなく、説明書など見せられたこともなかったので、署名を拒否し、被告乙山に連絡したことがあった。ところが、被告会社はなおも同じものを送付してきたので、再び、被告乙山に「こんなものを送ってきても嘘は書けない。」と言って拒絶し、その後も、何度か、原告と被告らとの間で同様のやりとりが続いたのである。原告はその度に被告会社に苦情を言っていた。)。

(2) そこで、被告会社が、一般投資家にワラントを売却するにあたっては、売買契約上の売主の義務として、ワラント取引の仕組みや、投機性が大きいことの説明をする義務があるというべきである。

(二) 債務不履行(説明義務違反)

(1) 原告が、被告会社から本件ワラントを購入したことは前記のとおりであり(請求原因2(二)(1)参照)、その際、被告から、ワラント取引に関する適切な説明がなく、かえって、虚偽の説明や断定的な説明がされていたことは前記のとおりである(請求原因3参照)。

(2) そして、もし、被告が適切に右説明を行っていたならば、原告は、本件ワラントの購入をすることがなかったので、原告が受けた前記損害は、右説明義務違反によって生じたものである。

(3) よって、被告会社は右債務不履行(説明義務違反)にもとづいて、原告の前記損害を賠償すべきである。

5  まとめ

よって、原告は、(一)不法行為にもとづいて被告乙山に対し、前記損害金一〇九四万二一九五円とこれに対する本件ワラントの最終購入日の平成元年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うように求め、(二)さらに、①被告会社自身の不法行為もしくは使用者責任を理由として、被告会社に対し、右同額の損害賠償をするように求め、②予備的に、被告会社の債務不履行(説明義務違反)による損害賠償として、右同額の損害賠償をするように求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1について

(一) 請求原因1(一)は、そのうち、原告と被告会社間で株式取引を行っていたこと、その取引はすべて現物取引で信用取引は含まれていなかったこと、原告が多少の株式を保有していたことを認め、その余の事実は知らない。

(二) 同1(二)は、認める。

2  請求原因2について

(一) 請求原因2(一)は、原告が、被告乙山の担当のもとで、被告会社からワラントを購入し、被告会社に対してワラントを売り付けてきたことは認めるが、原告主張の勧誘文言については否認し、その余の主張については否認ないし争う。

当時の原告の話では、保有していた外国株がかなりの値下がりをし、そのためにリスクはあっても値上がり効果の大きい商品がよいとのことで、ワラント取引を希望した。

(二) 同2(二)は、(1)、(3)は認める。また、(2)のうち、被告会社が平成三年九月三〇日ころ原告に対し、本件ワラントの現況報告書を送ったこと、同報告書にワラントの値段が約二〇〇分の一になっている旨の記載がされていることは認めるが、(2)のその余の事実は否認する。

原告は、被告乙山に会うたびに、保有するワラントの値動きについて種々の説明を求めてきた。右現況報告書で値段を初めて知ったということではない(平成三年八月には、原告に顧客勘定元帳の写しを見せ、報告をしたこともある。)。

(三) 同2(三)は、原告が九九五万二一九五円の売却損を出したこと、原告訴訟代理人に本件訴訟を委任したことのみ認め、その余は否認する。

売却損が大きくなったが、それは、原告が利益の獲得にこだわり、損切りのタイミングを見つけられなかったことによるものである。

3  請求原因3について

(一) 請求原因3(一)は否認ないし争う。

原告は、JR関連会社の財務・経理担当役員と聞いており、株式等にも詳しく、昭和五六年商法改正による新株引受権付社債等についても知識があった。原告と被告会社間の取引も、当初は、転換社債を中心として始められ、その後、内外の株式等の取引が加わり、さらに、本件ワラント取引の以前にも、被告会社の茨木支店及び難波支店との間で、ワラント取引を行って、利益を得ているのである(その詳細は、別表一、二に各記載のとおりである。)。なお、昭和六一年八月二五日には、被告会社との間で、新株引受権証券を含む外国証券取引口座設定約定も締結している。

このようなことからすると、原告は、ワラント取引の仕組みに通じていたというべきである。常識的にみても、利益率の高い商品は、反対に、危険率も高いのであって、原告の職種上の立場や経験からすれば、原告がそのようなことを知らなかったはずはない。

(二) 請求原因3(二)はいずれも否認する。

(1) 同3(二)のうち、(1)の事実は否認する。

ア 原告は、ワラントがリスク商品であることを強調して、ワラント取引の危険性が高いと主張するが、ワラントの特徴は、株式投資に比べて投資金額が少なくてすむことや、他の商品と異なってリスクが投資額に限定されている点にあり、かかる主張は危険性のみを誇張した議論である。さらに、原告は、本件ワラントが外貨建てであるから危険性が高いとも主張するが、為替の影響を受けるからといって危険が大きいことにはならないし、引受権行使の際の為替レートは発行時に固定されているのでこれが為替レートの変動で左右されることもない。

イ 投資家の資質、資産等は千差万別であるから、証券会社の外務員がこれらの内容を正確に知ることは不可能である。したがって、外務員が、結果的に不適格者に対して勧誘したという場合に、それがどうして違法とされるのか、論拠は明らかでない。結局、投資家は、自己責任の原則により、利益を得、損失を負担すべきものである。また、投資家が、商品について理解できていないのにかかわらず、何ら質問をせず、資料も求めないままでいて、結果として損失が生じたとしても、それは証券会社の責任ではない。

ところで、被告乙山は、原告とのワラント取引を始める当初から、原告に対して、ワラントの性格、例えば、ワラントが一定期間に一定の株式を一定の行使金額をもって引き受けることができる権利を証券化したものであること、社債の本券部分の償還がなされた場合は新株引受権の行使ができなくなり全く価値がなくなること、株価の影響を受けて値動きがあり、その幅は株価より大きいこと、ドル建てのワラントのため為替の影響も受けること、ハイリスクハイリターンの商品であることなどを、充分に説明してきた。加えて、原告の場合には、証券の受渡し、売買報告書や預かり証の交付、金銭の授受等を直接にしていたので、原告は、その際に、被告乙山(または代行者)に対して、自己の保有するワラントの状況について逐一説明を求め、被告乙山もその説明を行った。

(2) 同3(二)のうち、(2)の事実は否認する。被告乙山が、原告に対して、かかる説明をしたことはない。

(3) 同3(二)のうち、(3)は否認ないし争う。

(三) 請求原因3(三)は、(1)、(2)ともに、いずれも否認ないし争う。

4  請求原因4について

(一) 請求原因4(一)は、そのうち、被告会社より原告に対し、原告主張のとおりの内容を記載した「国内ワラント取引に関する確認書」を送付し、記名捺印を求めたことがあること、原告がこれを拒否して提出しなかったことがあることは認め、その余は否認ないし争う。

(1) 証券取引法上、証券会社に積極的な説明義務を課した規定はなく(公正慣習規則は、自主的な内部規定で、顧客に対する法的義務を定めたものではない。)、誤った説明をしてはならないことが規定されているにすぎない。投資は、あくまで、投資家の調査と判断によって行われるものであって、証券会社は、その調査、判断が合理的に行われる環境を阻害してはならないということである。

仮に、原告が主張する説明義務が認められたとしても、その説明義務の内容は、ワラント取引がハイリスクの商品であることについて注意を促す程度で足りるというべきであるし、それも、個々の投資家の経験、知識、判断能力などに応じて異なる内容になると思われるので、結局、原告が主張するような絶対的な説明義務というものはありえないと考える。

(2) 証券会社が投資者に説明書を交付し、確認書を徴求ことは、日本証券業協会理事会の平成元年四月一九日の決議によって定められたことである。

被告会社も、右決議に従って、新規投資者についてはその取引開始の時点で、それ以前の投資者についてはその後において追加的に右措置を講ずることとした。さらに、毎年、一回は、ワラント投資家の全員に、説明書を、自動的に、継続的に送付している。

このようなことから明らかなとおり、被告会社が、原告に対して、最初に、確認書への記名捺印を求めた時期は、平成元年であって、平成三年九月ではない。原告は、被告会社からの要請に対し、「これまで取引をしてきて、今更、確認書を出す必要はない。」として、これに応じてこなかったのである。

(二) 請求原因4(二)はいずれも否認する。

5  請求原因5は争う。

三  被告らの抗弁

1  原告の全ワラント取引の内容

(一) 被告茨木支店との取引

原告が茨木支店との間で行ったワラント取引の内容は、別表一に記載したとおりである。原告は、本件ワラントで損失を出したが、その他のワラント取引では別表一に記載した利益を得た。

(二) 被告難波支店との取引

原告が難波支店との間で行ったワラント取引の内容は、別表二に記載したとおりである。これによって、原告は、別表二に記載した利益を得た。

2  損益相殺

原告が、被告茨木支店で得た利益の合計は四一三万九一八二円であり、被告難波支店で得た利益の合計は四四万四一二二円であって、原告は、被告会社とのワラント取引によって総計四五八万三三〇四円の利益をあげているのであるから、仮に、被告らに何らかの賠償義務が認められるのであれば、これらとの損益相殺がされるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、原告が被告茨木支店と本件ワラント以外のワラント取引をしたことは認める。これらはすべて被告乙山がすすめるままにしたものであった。

被告難波支店との間でワラント取引があったことも認めるが、その詳細は忘れていた。

2  抗弁2は争う。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者について

1  請求原因1(二)の事実は当事者間に争いがなく、原告と被告会社との間でワラント取引が行われていたことも、当事者間に争いがない。

2  また、証拠(乙第一号証の1、2、第一五号証の3、原告本人、被告乙山本人)によると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、大正一三年二月生まれで、大阪専門学校卒業後、国鉄の大阪鉄道管理局に入り、約三〇年間経理関係の仕事をしてきたが、同管理局会計課長のポストを最後に定年退職し、その後、中央PSコンクリート工業株式会社に転じて、会計課長、経理部長を歴任し、被告会社との本件取引当時は、同社の役員であった。

(二)  原告は、昭和五七年から、被告会社の難波支店で株式取引を行うようになり、昭和六〇年八月ころからは、これと並行して、被告会社の茨木支店で株式取引を行うようになり、昭和六一年八月には、外国有価証券取引口座を設定している。

(三)  被告乙山が、原告の担当者となった昭和六三年七月ころ、原告は、すでに、外国株式を含む株式取引や、転換社債、投資信託の各取引を手がけていた。平成元年当初の原告の証券保有高は約一五〇〇万円であった。

(四)  原告は、被告乙山の勧めにしたがって取引を行うことも多かったが、しかし、被告乙山の勧めを断り、みずから指示することもあった。

なお、被告乙山本人尋問の結果中の、原告は、中央PSコンクリート工業株式会社の仕事の一部として、債権の現先取引や外国の公債取引も担当していたとの供述部分は、これを否定する原告本人尋問の結果にてらし、採ることができず、他に右認定に反する証拠はない。

二  原告の全ワラント取引の概要

1  原告のワラント取引

次に、原告と被告会社間における全ワラント取引の概要を見てみると、以下のとおりである。

(一)  請求原因2(二)の(1)、(2)の各事実は当事者間に争いがない。

(二)  そして、証拠(乙第一号証の1及び2、第二号証、第三号証の一ないし3、第四号証の1及び2、第一五号証の1ないし4、原告本人、被告乙山本人)及び弁論の全趣旨とによると、次の事実が認められる。

(1) 原告と被告会社との間のワラント取引は、被告茨木支店との間で行われたものと、被告難波支店との間で行われたものとがあるが、その各取引の時期、内容、決裁の状況等は、別表一、二に記載したとおりである(このうち、別表一が原告が被告茨木支店を通じて行った取引分で、別表二が原告が被告難波支店を通じて行った取引分である。)。

すなわち、原告は、昭和六三年一〇月一二日からワラント取引を始めており、本件ワラント取引が行われる以前から、本件ワラント以外のワラント取引を行い、本件ワラント以外の取引ではすべて利益を得ていたのである。その額は、被告茨木支店を通じて得た分が四一三万九一八二円、被告難波支店を通じて得た分が四四万四一二二円であった。

(2) ところで、住友化学ワラントの引受権行使期限は平成五年一月二〇日であり、大林ワラントの同期限は同年三月一七日であるところ、これらワラントのその後の価格は、原告の買付け後に大きく変動しているものの、しかし、住友化学ワラントについては一度も、大林ワラントについては、概ね、原告の買付け価格を上回ることがなかった(大林ワラントについては、平成元年四月二八日、同年五月一日、同月二日、同年一二月四日の四度にわたって、買付け価格を上回ったが、買付け価格をごく僅かに上まわる程度であった。)。

(3) それでも、原告は、本件ワラント以外のワラント取引で前記利益を得ていたので、本件ワラントを処分した場合に生ずる損失は前記利益によって補填される時期が続いており、処分した場合の損失額が、前記利益の合計額を上回るようになった時期は、平成二年八月に入ってからのことである。

(4) そして、その後、本件ワラントの価格は急激に下落し、一度も、平成二年七月末日時点の価格水準を回復することがなかった。

以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  このように、原告は、被告会社との間のワラント取引の全体では利益をあげており、原告がワラント取引で損失を出した原因は、原告がワラント取引を行ったからというよりは、むしろ、原告の本件ワラントの処分が平成二年の八月以降に行われたことにあると認められる。

三  原告への説明について

1  ワラントの特性等

ワラントは昭和五六年の商法改正で認められたものの、国内で分離型ワラントが流通するようになったのは昭和六一年以降であり、一般に馴染みが薄い商品で、投資者によってその仕組みにつき充分な知識を持たないものも少なくない。ワラントが、少額の投資によって何倍もの株式売買を行ったのと同様の効果をあげうる反面で、値下がりの程度も大きく、権利行使期間の経過後や、同期間の経過前でも株価の上昇見込みがない場合には、会社の倒産とは関係なく、無価値なものになってしまうという危険性を持っていることについて、充分な知識を持っていない者も少なくない。さらには、外貨建てワラントの価格は、平成元年二月に業者間市場ができ、同年五月一日以降、新聞紙上に店頭気配が掲載されるようになるまでは、一般投資家がかかる情報を得ることが困難であったから、本件ワラント取引が行われた当時は、ワラントの国内流通市場が未整備の状態であった。

そこで、日本証券業協会の理事会は、平成元年四月一九日付で、分離型ワラント取引が行われる場合に、証券会社から投資者に説明書を交付すること、その際、投資者から「自己の判断と責任において取引を行う。」旨の確認書を徴求することなどを決議、平成二年三月一六日には、同協会規則にその趣旨を取り入れた(以上の事実は当裁判所に明らかである。)。

2  被告らの原告に対する説明

(一)  証拠(原告本人、被告乙山本人)によると、被告乙山の原告に対してなした勧誘は、次のとおりであったと認められる。

(1) 原告は、昭和六三年八月当時、保有していた外国株の下落を気にし、被告乙山に、「外国株、これ、何とかならんか。」などと発言していたことがあった。

(2) 被告乙山は、同年八月二四日、原告から三菱銀行の転換社債代金一〇〇万円を受け取った時に、「今は、ワラントという非常に投資効率の高いものがあります。これも頭に入れとってください。」と話しだし、約三分間ほど、原告に対し、ワラントが新株引受権付社債のうちの新株引受権部分を切り離して証券化したものであること、ワラントの価格は株価に連動するが、しかし、株が一割上がれば三割上がることなどを説明し、これまでのワラントの収益実績も示して、ワラントの高収益性を強調した。

(3) また、被告乙山は、昭和六三年一〇月六日、原告に電話して、「外国株の損を取り戻すため、投資効率の良いワラントを買っていただけませんか。」などと勧誘し、住友金属のワラントを推奨したところ、原告もこれを承知して、ワラント取引を始めることになった。

(4) 原告は、その後、本件ワラントの買付けを行うまでの間、別表一、二に記載したとおり、本件ワラント以外のワラントに関して取引を行っているが、これらの過程の中で、被告乙山が、原告に対して、ワラントの説明を右以上に行ったことはなく、原告に対して説明書等の文書などを渡して、説明を補充したとかいうこともない。

(5) しかし、被告乙山は、各取引の都度、原告に対して預かり証を直接に交付し、売却した場合にもその結果を必ず報告していたので、原告は、その機会に、被告乙山に対し、原告の保有するワラントの価格を聞くことが多かった。

以上の事実が認められる。なお、被告乙山本人尋問の結果中には、原告に対して、償還期限がきたらワラントの価格がゼロになること、ワラントは非常にハイリスク・ハイリターンの商品であること、価格はパリティという理論価格を基準に株価と連動するが、一週間位で大きく下がることがあること、外貨建てワラントはロンドンでも東京でも取引されており、価格を知りたいときには被告乙山まで問い合わせてもらいたいことも説明したこと、そして、昭和六三年八月二四日と、さらに同年一〇月の最初のワラント取引を行った時点で、原告に被告会社作成のパンフレットを交付したことなどを供述する部分があるが、他に右供述部分の裏付けとなるような証拠はなく、甲第二号証の内容や原告本人尋問の結果にてらし、採ることができない。

(二)  他方、証拠(乙第六号証の1及び2、第一二号証の1ないし6、被告乙山本人)及び弁論の全趣旨とによると、被告らの、その後における、原告への説明は、次のとおりであったと認められる。

(1) 被告乙山は、原告の行っているワラント取引以外の取引の件もあり、少なくとも平成二年七月までは、原告の会社を毎月一回程度訪れて、原告と面談し、その際、原告から聞かれたりなどして、株価が低落傾向にあることや、本件ワラントの価格の推移している状況について説明を行ってきた。

(2) ところで、被告会社は、前記日本証券業協会の平成元年四月一九日付理事会決議を受けて、それ以前にワラント取引を行った者に対しても、同様に、説明書を交付し、確認書を徴求することとした。

被告会社は、そのころ、原告に対しても右の措置を講ずることにし、被告乙山を通じて、原告と接したが、原告は、説明書を受け取らず、確認書の徴求にも応じなかった。被告会社は、また、原告が大正火災のワラントを売り付けて利益を得た平成元年一一月にも、被告乙山を通じて、原告に、右同様の措置を講じたが、しかし、原告の対応は右の時と同じであった。

(3) 被告会社は、その後、何度か、原告に説明書を送り、右確認書も提出するように求めたが(ちなみに、原告本人も、平成二年七月になって初めて右説明書を受け取ったとする限度で、この事実を認めている。)、原告は、確認書の内容が真実に一致していないし、遡って確認せよというのはおかしいとして、この要請を拒否してきた。

(4) 被告乙山は、平成二年三月ころ、原告に電話し、本件ワラントがいずれも半額以上の値下がりになっている旨を連絡したが、しかし、この時点で、原告に対して、積極的に処分を勧めることはしなかった。

以上の事実が認められる。原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は右の各証拠にてらして採ることができず、他に右認定に反する証拠はない。

3  原告に対する説明の適否

(一)  被告乙山が、原告をワラント取引に勧誘するについて行った説明がどうであったかについては、右に見てきたとおりである。

前判示のように、本件ワラントが一般に馴染みの薄い商品であり、ハイリスク・ハイリターンの性格を持っていること、前判示のような原告の経歴、経験、証券取引に対する知識、能力、当時のワラント市場の動向などを合わせ考えると、被告乙山がした前記説明は、時間的には不十分なものであったうえ、その内容も、原告がその商品の仕組みや特性を充分に理解できるだけの充実したものではなかったものと認められる。そのうえ、被告乙山が原告を勧誘するにあたって、全体として、ワラント取引の高収益性のみを強調していると認められる点は、原告に対してワラント取引に対する誤解を生じさせかねないものというほかはなく、社会的にみても違法な勧誘であったというべきである。

言い換えると、被告乙山は、原告にワラント取引を勧誘するにあたり、ワラントの基本的な仕組みを説明するだけでは足りないのであって、少なくとも、ワラントの価格が権利行使期間を経過すれば無価値となることや、同期間前でも株価の上昇が期待できないときはその危険が生ずること、ワラントの価格は株価と連動して株価の数倍の値動きをする結果、高い収益率が見込める反面、大きなリスクも負うことになることを説明し、さらに、そのような特性が生じてくる所以についても理解できるように、充実した説明を行うべき義務があったというべきであり、被告乙山はかかる義務を怠ったものといわなければならない。

(二) しかし、ワラント取引を始めるにあたって、その危険性について充分な理解を持っていなかった原告も、前判示のとおり、被告から、その後、価格の推移について、逐次、説明を受け、さらには、本件ワラントを買い付けてから約一年後にも、本件ワラントの価格が半値以下になった事実を告げられている。

加えて、被告会社からはワラント取引に関する説明書の送付を受けていることも前判示のとおりであって、原告は、遅くとも平成二年七月の時点で、被告会社からワラント取引の仕組みや危険性についての説明を受けていたという他はなく、原告は、その時点で、本件ワラントの価格が大きく下がっていたことを認識していたものと認められる。

四  損益相殺と因果関係

1 前述のとおり、原告は、被告会社との間のワラント取引の全体では利益をあげているのであって、原告がワラント取引で損失を出した原因は、原告がワラント取引を行ったからというよりは、むしろ、原告の本件ワラントの処分が平成二年の八月以降に行われたことにあると認められる。

ちなみに、仮に、原告が、平成二年七月末時点で、本件ワラントを処分しておれば、本件ワラント取引自体には損失が生じるものの、その額は四二六万七九三八円であって(乙第二号証、乙第四号証の1、2)、本件ワラント以外のワラント取引によって得られた利益四五八万三三〇四円を上回ることがなく、損益相殺が行われる結果として、全体的にみて、原告に損害を生ずることはなかった。

2 また、前記認定の事実によれば、原告は、遅くとも平成二年七月の時点で、本件ワラント取引を行うことのリスクが大きいことを、実際の経験として、身にしみて理解し得ていたはずであるし、本件ワラント取引を継続することによってさらに損失が増える危険性があることも充分承知していたものと推認される。

しかるところ、原告は右時点で本件ワラントの処分を行わず、ようやく平成四年二月にその処分を行ったのであるが、それは、結局のところ、原告自身が判断した結果というべきであって、原告がした右判断に、被告らの説明不足が影響しているということはできない。

五  結論

以上のとおりであって、原告の請求は、それが不法行為にもとづくものであれ、債務不履行にもとづくものであれ、平成二年七月までに生じた損害については損益相殺によって認めることができず、また、同年八月以降に生じた損害については、被告らの不法行為ないし債務不履行と相当因果関係があるとは認められない。

よって、原告の被告らに対する本件請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大谷種臣 裁判官上原裕之 裁判官次田和明)

別表一、二〈省略〉

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